1. はじめに

分譲株は、培養した細胞をプラスチック製のチューブに移し替えた状態で送付されます。輸送時の物理的な衝撃を緩和するため、チューブ内はできるだけ空気層を除き、培養液で満たされた状態となっていますので、開栓の際にはご注意ください。
寒天培養株の場合は、ねじ口ガラス試験管で培養しているものがそのまま送付されます。
届いた株は冷蔵庫で保管しないでください。低温で光も無いため、死滅します。保存株情報の培養条件になるべく早く置いてください。
培養環境が適合しない場合がありますので、受け取った株の全量を培養実験に使用せず、必ず保険のためのストックカルチャーとしての培養を行ってください。

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分譲チューブ
左の3本はねじ口ガラス試験管(寒天培地)、右の3本はプラスチック製のチューブ(液体培地)

株を維持するには、植え継ぎ、培養を行います。株は適切な培養条件下で培養すると、試験管やシャーレの中で分裂を繰り返し、増殖した後は死滅し始めます。その前に新しい培地へ植え継ぐ作業を行います。培養には光、温度、培地が必要です。株の培養条件は保存株情報または保存株リストに示されていますので、事前に培地および培養設備を準備しておいてください。

例)NIES-144 Haematococcus lacustrisの培養条件
培養条件
(前培養条件)*1
培地名:C (寒天)*2
温度:20(25)℃
光強度:2(15-19) µmol photons/m2/sec , 明暗周期:10L:14D*3
継代培養周期:4M(14D)*4

*1  当施設では、植え継ぎ間隔をなるべく長くするために、培養条件を二段階に分けて培養して いる株がある。括弧で前培養条件が書かれている株は、新しい培地に植え継いだ後、良好な増殖が目視できるまで括弧内の前培養条件(細胞増殖を促進するため の培養条件)下で培養し、次に括弧外の培養条件(細胞増殖がゆるやかな培養条件)下で培養している。
*2  培地名の後に、寒天培地の場合は (寒天)、軟寒天培地の場合は (軟寒天) と示し、液体培地は無表示、餌が必要な場合はカッコ内に示す。培地名には培地の組成表(PDFファイル)へのリンクが貼られている。
*3  ほとんどの株は10時間明期:14時間暗期の明暗周期で培養している。
*4  新しい培地に植え継ぐ間隔を示し、D はDay(日)、M はMonth(月)を示す。

2. 光について

藻類は光合成を行うので光が必要です。光強度が0µmol photons/m2/sと記されている株(原生動物等)の場合は光がなくても生育しますが、餌として与える生物に光が必要な場合があります。多くの株は20W蛍光灯1本で培養可能ですが、 高密度で増やしたい場合など必要に応じて蛍光灯の本数を増してください。当施設では光源には昼光色蛍光灯とLED照明を使用しています。光源と培養液水面との距離は約30cmになります。 LEDは見ための明るさが蛍光灯よりも明るく、光量が強い場合がありますのでご注意ください。 当施設の明暗周期は植え継ぎ間隔をなるべく長くするために、10時間明期:14時間暗期に設定しています。増殖を速くしたい場合や濃く増やしたい場合は、必要に応じて明期を長くしたり光強度を強くしてください。

3. 温度について

培養条件に示されている温度は長期培養に適した最適増殖温度です。株によっては温度を少し上げると増殖が速くなる場合があります。前培養が指定されている株については、前培養温度で培養すると増殖が速くなります。

4. 培地について

培地は必ず滅菌してください。培地の作製方法はホームページの培養法「ストック液と培地の作り方」で解説しています。培地の組成表は培地リストをご参照ください。
試薬を添加する際は結晶の析出を防ぐために、最初に緩衝剤を添加し、培地リストの上から順に試薬を添加してください。f/2培地やSOT培 地はオートクレーブ滅菌後に沈殿が生じますが使用上、特に問題はありません。当施設の海産及び汽水産藻類用培地には天然海水を使用していますが、人工海水 での代用が可能な場合もありますのでご相談ください。

作製例)ストック液を使ったC培地(1 L)の作り方

  1. 各諸成分について、下記の表に示されている濃度のストック液を作製する。
  2. 試薬名 濃度
    Ca( NO3 )2 · 4H2O 10mg/mL
    KNO3 10mg/ml
    β–Na2glycerophosphate · 5H2O 10mg/mL
    MgSO4 · 7H2O 10mg/mL
    Vitamin B12 1 μg/mL
    Biotin 1 μg/mL
    Thiamine HCl 100 μg/mL
    FeCl3 · 6H2O 10mg/mL
    MnCl2 · 4H2O 10mg/mL
    ZnSO4 · 7H2O 10mg/mL
    CoCl2 · 6H2O 10mg/mL
    Na2MoO4 · 2H2O 1mg/mL

  3. PⅣ metals溶液(1 L)を作製する。
    下記の表に従って、蒸留水 約960 mLへNa2EDTA · 2H2Oを加え、よく撹拌する。 Na2EDTA · 2H2Oが溶けた後、各々のストック液を上から順に添加し、蒸留水で最終量(1 L)に調整する。
  4. 試薬名 濃度 添加量
    Na2EDTA · 2H2O 1 g
    FeCl3 · 6H2O 10mg/mL 19.6 mL
    MnCl2 · 4H2O 10mg/mL 3.6 mL
    ZnSO4 · 7H2O 10mg/mL 2.2 mL
    CoCl2 · 6H2O 10mg/mL 0.4 mL
    Na2MoO4 · 2H2O 1mg/mL 2.5 mL

  5. 下記の表に従って、蒸留水 約940 mLへTris ( hydroxymethyl ) aminomethaneを加え、よく撹拌する。 各々のストック液を上から順に添加する。
  6. 試薬名 濃度 添加量
    Tris ( hydroxymethyl ) aminomethane 0.5 g
    Ca( NO3 )2 · 4H2O 10mg/mL 15 mL
    KNO3 10mg/ml 10 mL
    β–Na2glycerophosphate · 5H2O 10mg/mL 5 mL
    MgSO4 · 7H2O 10mg/mL 4 mL
    Vitamin B12 1 μg/mL 0.1 mL
    Biotin 1 μg/mL 0.1 mL
    Thiamine HCl 100 μg/mL 0.1 mL
    PIV metals 3 mL

  7. 1mol/L HClでpH 7.5へ調整し、蒸留水で最終量(1 L)に調整する。
  8. 培養容器へ分注し、オートクレーブで滅菌する(121℃、20min)。

5. 培養株の植え継ぎ方法

培地の栄養塩がなくなると細胞の状態が悪くなり死滅するので、その前に新しい培地に細胞を植え継ぐ必要があります。バクテリアなどの混入を防ぐために、植え継ぎに使用する器具類は滅菌し、植え継ぎ作業はクリーンベンチ等で無菌的に行ってください。
植え継ぎ作業についてはホームページの培養法「継代培養の方法」 をご参照ください。細胞は、生物種により水面に浮かんでいる場合や、培養液内で均一に懸濁している場合、沈殿している場合、ガラス壁に強固に付着している 場合があります。ピペットで吸引する際は確実に細胞を吸い取るように気を付けてください。細胞が沈殿する株や容器に付着する株ではピペッティング操作(ピ ペットで液を吸ったり出したりすることを繰り返し、細胞を培養液中に懸濁させること)をしてから培養液を吸い取ります。細胞壁を持たない細胞の場合は壊れ 易いため、ピペッティングによる懸濁は行わず、細胞の多いところを静かに吸い取る方が良いでしょう。

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試験管の中で、細胞は不均一に分布することがあるので、植え継ぎ時には注意が必要
左:Chattonella marina var. ovata(赤潮形成藻の一種)の細胞は液面に集まって泳いでいる(攪拌せず、細胞の多いところを静かに吸い取る)
中央:Closteriumacerosum(ミカヅキモの一種)の細胞は下に沈んでいることが多い(ピペッティングで懸濁させてから培養液を吸い取る)
右:Emilianiahuxleyiの細胞は下に沈んでいる(ピペッティングで懸濁させてから培養液を吸い取る)

生物種によって植え込む量は異なります。パスツールピペットを使用した場合、培地10 mLに対して、大きい細胞や増殖が遅い株では2~3滴、増殖が速い株では半滴以下になります。初めて藻類を扱う場合は細胞をなるべく多目(5~10滴)に移植し、目視または顕微鏡で細胞が移植されたことを確認しましょう。また、培養に慣れるまでは1本目に1滴、2本目には3滴のように量を変えて何本かに植え込むことをおすすめします。弱った細胞を植え込むと細胞が増殖しないことがありますので、細胞の状態を確認してから植え継ぎを行ってください。 植え込む細胞の量によりますが、増殖の速い株では1、2週間で細胞が増殖しますが、寒天培地の株は増殖までに1ヶ月ほどかかります。保存株の注意事項に“増殖に時間がかかる”と明記されている場合は特に生育が遅い株です。細胞を植え継いだ後は定期的に目視または顕微鏡で生育状況を確認し、生育が悪い場合は再度植え継ぎをします。

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培養(Anabaena ucrainica)の生育経過
左から順に、新しい培地へ植え込んでから1ヶ月後、2か月後、3ヶ月後の状態。 3ヶ月後では、細胞が白っぽくなり、状態が悪くなっている。

6. 培養についての注意事項

  • 藻類および原生動物は新しい培地に植え継いだ後、バクテリアのようにすぐには増殖しません。
  • 培養条件を変更する場合は、安全のために必ず保険のためのストックカルチャーとしての培養を行いながら、新しい培養条件での試験培養を行ってください。
  • 大量培養を行う場合は、段階的に容量を増してください。例えば、分譲株1本の半分量を50 mLの培地(1本)へ植え込み、次はさらに容量の大きい容器(200 mLの培地、2本~) に植え込みます。大量培養に失敗する場合もありますので、一部は試験管等で継代培養することをおすすめします。 培養株によっては振盪培養や通気培養を行うと早く増殖する場合があります(大量培養参考例)。
  • 通気培養を行う場合は、空気または二酸化炭素で行います。他生物の混入を防ぐために通気口にはフィルターをご使用ください。

7. 培養株の廃棄方法

培養株を生きたまま野外へ放出すると、生態系を攪乱する等の潜在的な危険性が生じると考えられます。 利用いただいた後は、利用者が責任をもって死滅させた上で、確実に安全に廃棄してください。

  • オートクレーブで、温度121度、設定時間5分~30分で滅菌してください。
  • オートクレーブがない場合は、下記の方法を行ってください。

a. 培養液の入った培養容器を湯煎するか、培養液を直接沸騰(5分以上)させて細胞を死滅させてください。

b. 培養液10mLに対し、塩素系漂白剤を1mL加え、一晩置きます。その際、培養容器のフタは軽くゆるめてください。

c. 培養液をキムタオル等に浸み込ませ可燃ごみとして廃棄する。

8. よくある質問


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